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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9693号 判決 1972年8月25日

原告

増田善次郎

ほか一名

被告

小林建彦

主文

1  被告は原告ら各々に対し各金一三九万七一六〇円およびこれらに対する昭和四五年一〇月七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告のその余を原告らの各負担とする。

4  この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告ら各々に対し、各金五七七万七七七二円およびこれらに対する昭和四五年一〇月七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二  原告らの主張

一(事故の発生)

次の交通事故により訴外亡増田克已(以下単に亡克已という)が死亡した。

(1)日時昭和四五年四月九日午後七時一五分頃

(2)場所東京都足立区梅島一の二六先国道四号線道路上

(3)加害車  普通乗用自動車(足立五す五八九号)

右運転者 訴外小山田二郎

(4)被害車  自動二輪車(足立区に一七〇号)

右運転者 亡克已

(5)事故態様 右道路を直進中の被害車と、これと対向して進行し右折中の加害車とが衝突した。

二(責任原因)

被告は加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していた者である。よつて自賠法三条により亡克已の本件事故死による損害を賠償する責任がある。

三(損害)

(一)原告らが負担した葬儀費用等 合計金一七八万二一〇〇円

原告らは亡克已の父母であるところ、克已の死亡に伴い、葬儀費用三五万七一〇〇円、墓地および仏壇費用一四二万五〇〇〇円を支出し、右は原告両名が半額宛負担した。

(二)亡克已の逸失利益とその相続 金九五八万四九八六円

亡克已は事故当時満一六歳の男子で、本所工業高等学校二年に在学中であつた。よつて本件事故に遭わなければ、高校卒業後の一八歳時から、その平均余命(五三・九七年)の範囲内で満六〇歳に達するまでの四二年間は稼働しえたはずであり、その逸失利益算出の基礎収入としては、昭和四三年賃金構造基本統計調査報告による企業規模一〇〇〇人以上の企業の新高卒者の平均賃金(月額)により満一八歳から一九歳までは二万七五〇〇円、二〇歳から二四歳まで三万四二〇〇円、二五歳から二九歳まで四万五七〇〇円、三〇歳から三四歳まで五万五四〇〇円、三五歳から三九歳まで六万三〇〇〇円、四〇歳から四九歳まで七万一四〇〇円、五〇歳から五九歳まで七万一〇〇〇円とみるのが妥当である。そして生活費を収入の三分の一とするのが相当であり、ホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して合算すると、その現価は、別紙計算書のとおり九五八万四九八六円となる。

しかるところ原告らは亡克已の父母で他に相続人はいないから、亡克已の右逸失利益の賠償請求権を相続分に従い二分の一宛相続により取得した。

(三)原告らの慰藉料 合計金四〇〇万円

原告らが唯一の男子である亡克已(他に長女があるだけである)を本件事故で失つた悲しみを慰藉する金額として、原告ら各二〇〇万円宛が相当である。

(四)弁護士費用 合計金一一八万八四九八円

原告らはその訴訟代理人に対して、着手金として各一五万円宛を既に支払い、成功報酬として一割に相当する各四四万四二八九円宛を支払う旨約した。

(五)一部弁済

原告らは亡克已の本件事故死に伴い、自賠責保険から各二五〇万円宛支払いを受けたから、これを以上損害から控除する。

四(結論)

よつて原告らは被告に対し、各金五七七万七七七二円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月七日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五(被告の抗弁に対する答弁)

過失相殺の主張は争う、加害車運転者訴外小山田は、右折禁止の場所を右折しようとして本件事故を惹起したものである。

第三  被告の主張

一(請求原因に対する答弁)

請求原因第一、二項の事実はすべて認める。同第三項の事実中一部弁済の点を認め、その余は知らない。

二(抗弁)

(一)(過失相殺)

加害車運転の訴外小山田は、本件事故現場で国道四号線から脇道に右折するため、右折合図をして右折を開始しようとしたところ、対向して進行してきた二台の自動車が加害車を右折させるため一時停止した。対向車線は三車線で、右二台の車は中央線寄りの二車線に停止し、歩道寄りの第一車線が空いていた。そこで小山田は、第一車線からの車両があることも予測しながら、時速二ないし三粁の低速で右折進行した。一方亡克已は原告車を運転して、対向車線の第一車線を事故現場に向け進行してきたのであるが、右のように二台の先行車が交差点手前で停止していたのであるから、その前方に何らかの異常があることを予見し、当然減速、停止すべき注意義務があるのにこれを怠り、制限速度を超える速度で漫然進行を続けた過失がある。このため、小山田としては右二台の車両の陰になつて原告車を発見することができず、本件事故に至つたものである。また亡克已がヘルメツトをかぶらず、サンダル履きで二輪車を運転していたことも同人の過失というべきである。

よつて本件賠償額算定に当り亡克已の右過失を斟酌すべきであり、その減額の割合は五割とするのが妥当と解する。

(二)(一部弁済)

被告は原告らに対し本件事故に基づく損害賠償として、原告ら自陳のほか、葬儀費用名下に二〇万〇〇一〇円、慰藉料名下に五万円を各支払い、また原告ら主張以外の原告らの損害たる入院費用五万五六七〇円を支払つている。

第四  証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一項(事故の発生)および第二項(責任原因)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。よつて被告は亡克已の本件事故死による損害を賠償すべき義務を負担したものである。

二  そこで次に損害につき判断する。

(一)原告らが負担した葬儀費用等 合計金三〇万円

原告らが亡克已の父母であることは〔証拠略〕により認められ,原告らは亡克已の死亡に伴いその葬儀を主催し、墓石を建立し、仏擅を購入するなどし、その費用として右金額を超える出費をしたことが原告増田善次郎本人の供述により認められるところ、このうち右金額(各原告につき一五万円宛)の限度で本件事故と相当因果関係ある原告らの損害の数額と認める。

(二)亡克已の逸失利益 金七三八万二八四九円

〔証拠略〕より、亡克已は昭和二九年一月九日生れ事故当時満一六歳の男子で、当時都立本所工業高校二年に在学中であつたことが認められる。

右事実によると、同人は本件事故に遭わなければ、右高校を卒業する二年後の満一八歳時から満六〇歳時までの四二年間は稼働しえたものと推測され、その逸失利益算出の基礎収入として、労働大臣官房労働統計調査部編昭和四五年賃金構造基本統計調査報告による新高卒男子全産業労働者の平均賃金年額九七万六七〇〇円(月額給与額六万四四〇〇円×一二+年間賞与等二〇万三九〇〇円)を採るのが相当である(本件のような未就労者の逸失利益の算定は、その者の帯有する将来の稼働能力の評価に他ならないから、右算定のための基礎収入額把握につきいかなる統計資料を用いるか、あるいは各年度毎の収入額の個々をどのように把握するかは、いわゆる狭義の弁論主義に関わらないものであり、必ずしも原告らの主張に拘束されない。)。そこで右稼働期間を通じて年毎に右収入を得るものとし、生活費(税金を含む)を右収入額の各二分の一とみるのが相当であるからこれを控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して合算し、さらに、同人の右稼働開始までの二年間に要する養育費は、右稼働能力取得のための必要経費であるから、これを控除することとし、その数額は月額一万五〇〇〇円(年額一八万円)とみるのが相当であるからこれについても右同様中間利息を控除して合算し、前者から後者を控除して同人の逸失利益現価を求めると、左の算式のとおり金七三八万二八四九円と算定される。

(97万6700円×(1÷2)×(17.6627-1.8594))-(18万円×1.8594)=738万2849円

(三)原告らの慰藉料 合計金三五〇万円

〔証拠略〕により原告ら間の子としては亡克已の他に女子一名がいるだけであり、同人は唯一の男子であつたことが認められ、本件事故により同人を喪つた原告らの精神的苦痛を慰藉すべき金額として原告ら各一七五万円をもつて相当と認める。

(四)過失相殺

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、北方草加方面から南方千住方面に通ずる国道四号線(通称日光街道、以下甲道路という。)に、西方から幅員五・八米の脇道(以下乙道路という。)が丁字型に交わる交差点内である。甲道路は歩車道の区別があり、車道幅員が一六・八米で、中央線の表示があり、片側三車線の幹線道路である。乙道路は甲道路からは進入禁止になつていて、乙道路入口両側にその標識があり、また草加方面から交差点に差しかかる車両に対しては、交差点手前の道路左側に右折禁止(直進以外進行禁止)の標識が設けられており、事故当時は夕刻であつたが、これらの標識が特に見えにくいということはなかつた(右進入禁止標識は草加方面から来る車両にとつて交差点からどの程度離れた位置から見えるかは定かではないが、少なくとも後に認定のように加害車運転の訴外小山田が右折のため交差点手前で一時停止した位置からはこれを確認することができるものと認められ、それより先に既に右折禁止標識を見ることができることも考え併わせると、全体として標識を見落し易い状況にあつたとはとうてい考えられない。)。

訴外小山田は加害車を運転して草加方面から甲道路を進行し本件交差点に差しかかつたが、まず前記右折禁止標識を見落して、本件交差点を乙道路へ右折すべく、右折の合図をしながら交差点手前のセンターライン寄りに一時停止して対向車両の通過を待つた。間もなく対向車両のうちまずセンターライン寄りの第三車線の進行する車両が、次いで第二車線を進行する車両が、加害車を右折させるため交差点の向う側に停止したので、小山田は、前記進入禁止標識も見落して、時速約五粁の速度で右停止車両の前方を横切つて右折進行した。その際、対向車線中歩道寄りの第一車線は空いていたが、同車線は右二台の停止車両の陰になつて見通しが利かなかつたのに、そこから交差点に進入する車両はないものと軽信して進行を続けたところ、対向車線をほぼ半分位横切つた地点で、約一〇米余前方の第一車線上を対向してくる被害車を停止車両の陰から発見し、制動措置をとつたが及ばず、更に約二米進行した地点で、加害車右前部を被害車右側部に接触させ、更に約一米進行して停止した。被害車両は衝突前制動の措置を講じた形跡はなく、通常の走行速度のまま加害者に接触し、加害車右前部をかすめるようにして、接触地点から約六米前方に転倒した。以上のとおり認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は前掲の他の証拠に照らして措信しない。

なお、対向車両の停止の有無につき、〔証拠略〕中、司法警察員丸山三郎が事故直後に実況見分をする際右二台の停止車両が現場に残つていた旨の部分は、〔証拠略〕および本件の刑事事件捜査においてその運転者から事情聴取をした形跡が全く認められないこと等に照らし採用することはできないけれども、〔証拠略〕を通じ、同人が当初より一貫して右停止車両の存在を主張していることと〔証拠略〕からみて、前認定のとおり停止車両があつたこと自体は優に認定できるものというべきである。

右認定の事実から推すと、被害車運転の亡克已は、甲道路の歩道寄り第一車線を千住方面から進行して本件事故現場に差しかかつた際、右側の第一、第二車線を先行する車両が交差点手前で一時停止したのであるから、停止車両の前方の交差点内に、進行を妨げる何らかの事態が発生していることを予測することができたはずであり、そうとすれば直ちに減速徐行して、その前方の安全を確認してから交差点を通過すべき注意義務がある(乙道路への進入が禁止されていても、現に右のとおり車両が停止していて具体的に異常が予測される以上、右注意義務があることは当然である。)ところ、この注意を怠り、漫然と従前のまま通常の走行速度で交差点を通過しようとして進行したため、本件事故に遭遇したものと考えられ、同人の右過失が本件事故の一因となつたものといわなければならない。

また、〔証拠略〕により、亡克已はヘルメツトをかぶらないで被害車を運転していたものと認められ、これも自動二輪車を運転するについての保身上の不注意とみるべきところ、〔証拠略〕によると原告の直接死因は頭蓋内損傷であることが認められるから、同人がヘルメツトをかぶつていなかつたことも、同人の死亡という重大な結果を招いた一因をなしているものと推認される。なお、亡克已がサンダル履きで被害車を運転していたことが本件事故発生ないし死亡という結果に対し因果関係を有すると認めるに足りる証拠はない。

これに対し加害車運転の小山田には、右交差点は右折禁止の規制がありかつて道路へは進入禁止の規制があるのにかかわらず、これらの規制に反して交差点を右折進行した点に過失があり、またあえて右折進行するに当つては、第二、第三車線の対向車が停止してくれたとはいえ、第一車線は空いていて、同車線から進行してくる車両が予測され、そして同車線は右停止車両の陰になつて見通しが利かなかつたのであるから、中央線を超えてから一気に乙道路へ進入してはならないのであり、その途中第一車線に加害車を進入させるに当つて、最徐行し、それでも足りなければ、右停止車両の前からわずかに車首を出すようにして一且停止して左方の安全を十分に確認すべきであるところ、右注意義務を怠つて安全不確認のまま時速約五粁の速度で第一車線を横切ろうとしたため、被害車を発見したときは既に衝突を回避する余地がなく、よつて本件事故を発生させたものである。そして本件事故の最も基本的な原因は、小山田が右折禁止、進入禁止に反して右折進行したことにあるものというべきである。

右に照らして、本件賠償額を算定に当つて亡克已の過失を斟酌し、略三割の減額をするのが相当と判断する。

(五)過失相殺による減額と一部弁済

原告らが亡克已の本件事故死に基づく損害賠償として、自賠責保険金各二五〇万円宛を受領したことは当事者間に争いがなく、右のほか被告から葬儀費用名下に二〇万〇〇一〇円、慰藉料名下に五万円の支払いを受け、さらに原告ら主張以外の原告らの損害たる入院費用五万五六七〇円の支払いを受けたことは、原告らにおいてこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。そうすると原告らの受領額は合計五三〇万五六八〇円、原告ら各二六五万二八四〇円宛となる。

一方克已の死亡に基づく原告ら固有の損害額は、前第二項の(一)および(三)に右入院費用を加えて合計三八五万五六七〇円、原告ら各一九二万七八三五円であるところ、前記過失相殺によりこれを原告ら各一三五万円宛(合計二七〇万円)に減額する。また亡克已の逸失利益損害は、過失相殺により五一六万円に減額し、〔証拠略〕により原告らは同人の父母で他に相続人はいないことが認められるので、右の各二分の一の二五八万円宛を相続により取得したこととなる。

よつて原告らが取得した被告に対する損害賠償請求権総額は各三九三万円宛となるから、これから前記弁済額を控除すると、残額は各一二七万七一六〇円宛となる。

(六)弁護士費用

原告らがその訴訟代理人に本訴提起を委任し、その着手金として各一五万円宛を支払い、成功報酬一割を支払う旨約したことは〔証拠略〕により認めうるところ、右認容額および本件訴訟の程度に照らし、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に賠償を求めうべき金額は、右のうち各一二万円宛をもつて相当と認める。

三  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告に対し以上合計金一三九万七一六〇円宛およびこれに対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな昭和四五年一〇月七日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

18歳~19歳

2万7500円×12×(2.731-0.952)×(2÷3)=39万1380円

20~24

3万4200円×12×(6.588-2.731)×(2÷3)=105万5375円

25~29

4万5700円×12×(9.821-6.588)×(2÷3)=136万4419円

30~34

5万5400円×12×(12.603-9.821)×(2÷3)=123万2982円

35~39

6万3000円×12×(15.045-12.603)×(2÷3)=123万0768円

40~49

7万1400円×12×(19.183-15.045)×(2÷3)=236万3624円

50~59

7万1000円×12×(22.610-19.183)×(2÷3)=194万6536円

合計  958万4986円

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